エジプト縦断旅行記及び聖地探訪 (ジョジョ3部、FGO、ブルアカなど) 上エジプト(アスワン、ルクソールなど)編

こちらの記事の続きです。

shishi.hatenablog.jp

一般的にエジプト旅行といえばやっぱりピラミッドが主でしょうから、前の記事のカイロ、ギザ部分だけでエジプト旅行を終える人がほとんどでしょう。ただ実はカイロ、ギザ部分は古代エジプト古王国時代の中心でしたので、紀元前2500年ごろのものが多く、約5000年の前のものは保存状態にもどうしても問題があり、遺跡の数もそこまでではありません。その点、上エジプトは古代エジプト新王国の中心地で紀元前1500年ごろとかになってきますので、色が残っているものも増え、より昔のままを見ることができるものが増えます。また、カイロ、ギザは前記事の通り大変騒がしい都市なので、上エジプトで比較的のんびりできたのは良かったですね。街中にあふれたゴミも減りますし、なにより車が減ります。

ちなみに、チップ攻撃やトイレチップなどは、ずっと続きます。こちらはカイロよりは旅行者が少ない分、より長く粘られることが増えたかもしれません。エジプトにいる間は、これらの攻撃はもうあるものとして諦めるしかないでしょう。常に渡してもいい額の現金を持っている方がトラブルは減ると思います。特に王家の谷についてはトイレチップを要求する側が額を決めていたりしました。トイレなどは仕方がないにしても、必要ないものにはハッキリNOと言い続ける姿勢を持ちましょう。一回言って引いてくれることはほとんどありません。

観光地を除けばレストランとかではのんびりした人が増えている印象もあります。

上エジプト

アスワン

カイロ空港からエジプト航空国内線に乗り、アスワン空港に向かいます。

エジプトでは空港に入るのにも航空券を見せる必要があったり、さらにセキュリティの前でもあれを見せろこれを見せろと言われます。しかもほぼ威圧的。なんだったら入口すぎのベンチで座っているだけでもはよ行けと文句を言われます。隙あらば数倍請求するのが当たり前なのともあいまって、リピーターがとても少ない理由となっているかと思います。セキュリティに厳しいのは実際今まで何度も死傷者を出しているテロの反省ともとれますが…

エジプトでは一般的なセキュリティの後に、搭乗ゲートでもセキュリティがあります。エジプトの空港ではステータス持ちの優先レーンが女性用レーン、通常レーンが男性用レーンとして使われており、事実上優先レーンはありません。宗教的事情が優先されます。このセキュリティも結構時間がかかるので、ギリギリに搭乗口にあらわれないようにしましょう。

あとエジプトあるあるですが、特にセキュリティ後の飲食店の値段はだいたい市内の5倍ほどします。空港でもエジプトの外国人からは金を取るという信念は同じです。

そんなこんなありつつ、早朝にカイロからアスワンへ飛びたちました。特に問題なく、1時間半ほどで到着しました。アスワン空港は小さな空港です。歩いて空港に入り、外に出ますがまだガイドさんと連絡がつきません。ガイドさんのブローカーと連絡しつつなんとか合流。アスワン空港では空港建物出口から一歩でてしまうともう空港内に戻れません。良く空港内に「これより先に出ますと戻れません」のエリアがあるかと思いますが、あれが建物自体になっているんですね。ガイドさんと合流に時間がかかったので、もしかして建物内かな?となって戻れなかったのでした。

アスワンハイダム

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建設当時世界最大だったダム。現在は世界3位。このダムができた結果できたナセル湖は貯水量にして琵琶湖5つ分。面積で琵琶湖8湖分。人工的にそれだけの湖ができちゃうんだなとシンプルに驚き。

ナスル湖

当然向こう岸は見えません。日本のスケールだとこういう景色はもう海なんですよね。

フィラエ神殿 (イシス神殿)

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さすが世界最長のナイル川につくったダムはスケールが違うぜとなってそこそこに、本来したい観光に戻ります。アスワンではまずフィラエ神殿に向かいました。

フィラエ神殿への渡し場

もともとフィラエ島という島にあったのでフィラエ神殿といいましたが、アスワンハイダム建設により沈んでしまい、沈んでいないアギルキア島に移設されました。その結果、今はアギルキア島がフィラエ島と呼ばれているようで、大変ややこしいです。さらっと書いてますが、世界遺産を丸ごと違う島に移設するってすごい話です。

数々の旅行記によると、この渡し場も一大ぼったくり地となっているようです。こういうときの交渉をいちいちやりたくないためのガイドさんを雇っているので、我々の渡した額は数ドルでした。現地の物価を考えるとそれでも高いこともあるかと思いますが、旅行者としては全然普通だと思います。

ナイル川中の島にある神殿ということでなんとも神秘的です。古代エジプトのうちでは最後のほうに建設され、ローマ時代に渡っても使われたということで、今まで訪れた遺跡たちよりはっきり残っており、また上エジプトで1つめの訪問ということでテンションは高かったです。

フィラエ神殿 (イシス神殿)1

フィラエ神殿 (イシス神殿)2

フィラエ神殿 (イシス神殿)3

フィラエ神殿 (イシス神殿)4

フィラエ神殿 (イシス神殿)5

フィラエ神殿 (イシス神殿)6

フィラエ神殿 (イシス神殿)7

フィラエ神殿 (イシス神殿)8

フィラエ神殿 (イシス神殿)9

フィラエ神殿 (イシス神殿)10

当然ながら神殿は神に捧げられるものなので、レリーフは基本的に王が異民族を撃退した様子や、王が神に捧げ物をする様子、王が神々に認められる様子が描かれており、王の正統性や権威を示すものとなっています。これらは統治される民へのアピールのみならず、異民族に対してもエジプトの偉大さを示す示威行動としての意味もあったようです。確かに南からやってきたヌビア人が、急に島に浮かぶ神殿を見れば、当時のエジプトの力強さを理解したかもしれません。特にこの神殿はイシスを祀ったものなので、イシスが多くのレリーフに登場します。

切りかけのオベリスク

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また船に乗って戻ってきて、定番コースとして切りかけのオベリスクに向かいました。

切りかけのオベリスク1

切りかけのオベリスク2

でかさがうまく伝わる自信がない…

完成していれば最も大きなオベリスクとなるはずであったオベリスクです。3000年以上前に全長42m、重量1200tのものを1枚岩から削り出し運搬しようとしていたのですね。これも気が遠くなる作業だったでしょう。

ヌビア博物館

近くのヌビア博物館に向かいました。エジプト南部は古来からヌビア人との境目であり、ヌビアの文化とエジプトの文化が混ざり合っています。

ヌビア博物館1

ヌビア博物館2

ヌビア博物館3

ヌビア博物館4

ランチ

ガイドさんに連れられて行ったどローカルなランチ。こう言ってはなんだけども今までの下エジプトでのどのエジプト料理よりもここが一番美味しかったです。ただ観光客だけで入るには難易度が高すぎるのでおすすめできません。料理の種類自体はここまでに出てきたものと同じでした。

ランチ1

ランチ2

ランチ3

ランチ4

Aswan Nile Palace

アスワンでのホテルです。

アスワンでのホテル1

アスワンでのホテル2

アスワンでのホテル3

アスワンでのホテル4

ナイル川沿いにあるあまりちゃんとはしていない安いホテルです。アスワン市街から歩いて行けないことはないですが、丘の上で野犬がたくさん周りにもいるので、あまりお勧めは出来ません。ガイドさんと、もしくはタクシーに乗っていきましょう。有名なところでもないようで、タクシーの人もわからないかもしれません。ガイドさんも初めて来たと言っていました。ただ景色は綺麗です。夜も街の喧騒が聞こえなくて静かですが、野犬の遠吠えはします。

ディナー

この日の夕食は記憶にも記録に残っていませんでした。疲れて寝てしまったか、外出が大変なエリアかつホテルにはレストランなどはないのでそのまま諦めた可能性があります。

アブシンベル神殿

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アスワンに来る人のほとんどの人の一番の目的はこの神殿でしょう。

ラムセス2世(オジマンディアス)はエジプト中にその跡を残しましたが、彼の事業の中でも最も有名な神殿かと思います。ユネスコの世界遺産の始まりがこの神殿だということも有名な話かと思います。先に出てきたアスワンハイダムの建設により湖の底に沈むはずでしたが、当時の世界の有志たちにより、静まらない位置にまで引き上げられました。この神殿には年に2度のみ、神殿の奥まで太陽光が届くという仕組みがあるのですが、その仕組みまでが再現されています。まさに偉業。今も我々がこの神殿を見られるのはまさに先人達のおかげです。現在のヌビア国境との境にあり、まさに当時のヌビア人たちにラムセス2世の強さを示したことでしょう。

アスワン市外の早朝3時から4時ごろから向かいます。アスワンから車で4時間はかかると思います。当然、どこのお店もやっていないので、街のパン屋さんでパンを買って車で食べつつ向かいます。

早朝から営業しているアッサンのパン屋さん

アスワン市街からアブシンベル神殿へ向かう途中、ほぼ何もないところを通っていくのですが、途中に休憩所を兼ねたようなカフェがあるので寄っていきます。バスが何台も停まっていて、このカフェはアブシンベル神殿へ向かう観光客向けだけで営業しているのだと思います。

アブシンベル神殿へ向かう途中にあるカフェ

このカフェの周りには本当に何もないので地平線とともに朝焼けが見れます。ちなみに帰りにはここで蜃気楼も見られました。おーこれが本物の蜃気楼…!!となりました。残念ながら蜃気楼は写真には写せませんが…

アスワンの地平線と朝焼け

アブシンベル神殿1

アブシンベル神殿2

アブシンベル神殿3

アブシンベル神殿4

アブシンベル神殿5

アブシンベル神殿6

アブシンベル神殿7

アブシンベル神殿8

アブシンベル神殿9

アブシンベル神殿の隣にはアブシンベル小神殿もあります。こちらは彼の妻ネフェルタリのために建てられたとされています。彼の愛妻ぶりは有名ですね。こういう神殿には威厳を示すために王の像のみが目立つようにあることが多いですが、こちらの神殿にはラムセス2世のほか、彼の妻の像も大きくあります。彼らの子供も足元にいます。アブシンベル神殿本殿のほうには、彼の妻も子供も足元にしかいませんでした。

アブシンベル神殿10

こちらの正神殿にはハトホルが中心に祀られており、このハトホルはネフェルタルのことを指すのではないかとも言われています。

アブシンベル神殿11

アブシンベル神殿12

アブシンベル神殿13

ピラミッドと並ぶエジプトを示すアイコンだけあり、ものすごく見応えがありました。行くのは大変ですが、エジプトに行くならばぜひここも見てほしいですね。

ランチ

この日のランチはアスワンにあるシリア料理店に行きました。チーズを使うものが多かった気がします。エジプトも含め中東の料理はやはり似ているものが多いです。美味しかったです。

ランチ1

ランチ2

ランチ3

エレファンティネ島

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エジプト古王国時代からあった遺跡やアスワン博物館があるナイル川にある島です。今も発掘が進んでいます。ここも渡し船に乗って向かいます。

エレファンティネ島1

エレファンティネ島2

エレファンティネ島3

エレファンティネ島4

エレファンティネ島5

ヌビア村

観光向けではありますが、この地方に古代から住んでいたヌビア人たちの集落エリアです。特に古代の文化というわけではありませんが、鮮やかな色使いなどが現代の観光客にもウケているようです。エレファンティネ島から帰らず直接渡し船に乗って向かいます。この辺のエレファンティネ島から含めての渡し船交渉などは、まさにガイドさんがいないと難しかったことでしょう。

ヌビア村1

ヌビア村2

ヌビア村3

ヌビア村4

ここにはエジプトの有名なキャラクターも書かれていて、そのキャラクターとの写真を撮りたかったらしく、なぜかガイドさんの写真を撮ってあげたことを覚えています。

ディナー

この日のディナーは昼にいったシリア料理のお店の店頭で売っていたチキンの弁当がうまそうだったのでそれを先に買っておいてホテルで食べました。2人で食ってもどう考えても多すぎる。エジプト人は食いすぎである。

ディナー

アスワンの旅はここまででした。次の日からは車で北上しつつルクソールに向かいます。まっすぐ向かって3〜4時間ほどかかるはずですが、その途中に点在する遺跡にも向かいます。

コムオンボ

コムオンボ神殿

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コムオンボ神殿は比較的新しいプトレオマイオス朝の時代の神殿です。ワニの頭をした神セベクと、ハエブサの頭の神ハロエリスの二神に捧げられた珍しい二重神殿です。

コムオンボ神殿はその珍しさからも行きたいところでしたが、ファンとしては何よりもここはジョジョ3部の聖地です。

ジョジョとコムオンボ神殿

ポルナレフとチャカの決戦の地ですね。これがチャカが切った柱か…と思いながら神殿の中を歩いていました。

コムオンボ神殿1

コムオンボ神殿2

コムオンボ神殿3 これがチャカの切った柱だ!!! 触れないように気をつけた

コムオンボ神殿4

コムオンボ神殿5

クロコダイル博物館

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コムオンボ神殿からすぐ近くにある博物館。その名の通り、ワニのミイラの展示がたくさんあります。ナイル川には昔からワニがおり、アスワンハイダムができる前までは川の幅ももっと大きかったため、ワニがもっと身近なものであったかと思われます。ヌビア村ではワニをペットとして飼う風習が残っていたり、セベクを見てもワニは身近なものであったのでしょう。

クロコダイル博物館1

クロコダイル博物館2

クロコダイル博物館3

エドフ

エドフ神殿

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コムオンボからさらに車で北上しエドフに向かいました。この辺まで来ると便利が悪いからか、観光客の数はかなり減ります。この神殿は古代エジプトでは一番人気のある神様と言ってもいいホルスのための神殿で、ホルス神殿とも呼ばれています。以下の写真のような巨大なレリーフや彫像も残っており、古代エジプトの神殿の中で最も保存状態の良い神殿とも言われています。屋外ですら当時の彩色が残っているところもあります。

エドフ神殿1

エドフ神殿2

エドフ神殿3

エドフ神殿4

エドフ神殿5

エドフ神殿6

エドフ神殿7

エドフ神殿8

エドフ神殿9

エドフ神殿10

ところでブルアカのホシノといえばホルスモチーフのキャラとされていますね。ということでこのためにわざわざアクスタを買って持って行きました。彼女が最強ポジションのキャラであるのもホルスの人気を考えると納得できるものがあるかもしれません。

エドフ神殿11

エドフ神殿12

一方シロコのモチーフとされるアヌビスは死後の神ということもあるのか、あまりこういうレリーフでは人気がありません。ここでは珍しくホルスとアヌビスが並んでいる描写がありましたのでこちらもこのために買ったアクスタを持って写真を撮ってきました。

エドフ神殿13

ルクソール

ヒルトン ルクソール

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2つの神殿を含めた長旅を経て、ルクソールに到着しました。ルクソールは大きな都市なので、大きなホテルもあります。最後にカイロ空港に帰るまでずっとこのホテルにいて、ここを拠点にして残りの観光をしました。最終日にちょっとうるさいイベントがありましたがそれ以外は広く綺麗で落ち着ける良いホテルでした。

ヒルトン ルクソール1

ヒルトン ルクソール2

ヒルトン ルクソール3

ヒルトン ルクソール4 ここでもSTELLAビール

食事

この日も食事の記録がなかったですね。かなり大変な1日だったので朝食、ランチは道中適当に済ませたり、たぶんディナーはホテルのレストランで食べたのかなー。

カルナック神殿

ここからは毎朝ホテルの朝食を食べてから観光に向かっていたと思います。毎朝おいしくいただきました。

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カルナック神殿はカルナック大神殿やカルナック神殿複合体とも呼ばれるとても大きな神殿です。エジプトの神殿で最も大きかったと思います。写真にある羊頭のスフィンクスの参道などが有名ではないでしょうか。ルクソールはエジプト新王国時代の首都であったテーベであったので、当時の首都に建てられたこの神殿には当時の数々のファラオの跡が残っています。

カルナック神殿1

カルナック神殿2

カルナック神殿3

カルナック神殿4

カルナック神殿5

カルナック神殿6

カルナック神殿7

カルナック神殿8 このスカラベ像は半時計回りに7回回ると願いが叶うと言われています。何を願って回ったかは忘れてしまいました

カルナック神殿9 チャカの切ったコムオンボ神殿の柱よりも大きかった

カルナック神殿10

カルナック神殿11

カルナック神殿12

ルクソール博物館

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なぜか訪問の記憶がないルクソール博物館です。

ルクソール博物館1

ルクソール博物館2

ルクソール博物館3

ルクソール博物館4

ルクソール博物館5

ルクソール博物館6

ルクソール神殿

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ルクソール神殿はカルナク神殿の近くにある、こちらもまた大きな神殿です。こちらはツタンカーメンの祖父アメホテプ三世の時代に作られています。ラムセス2世の手により、塔門など今も残っている大きな部分が作られています。カルナック神殿とは違って、人面のスフィンクスではありますが、より大きな参道があります。

ちなみに写真にもある大きなオベリスクは本来もう一つありましたが、ムハンマド・アリーの時代にフランスに譲られました。そのオベリスクは今でもパリのコンコルド広場にあります。

ルクソール神殿1

ルクソール神殿2

ルクソール神殿3

ルクソール神殿4

ルクソール神殿5

ルクソール神殿6

ルクソール神殿7

ランチ

ホテルの近くにある観光客向けのレストランでした。どういう名前の料理だったか忘れてしまいましたが、シチュー的な何かをいただきました。

ランチ

この日はおすすめのランチをいただいた後は、ビールを飲みながらホテルのプールやナイル川そばのビーチチェアなどでゆっくり過ごしました。

ディナー

ホテルのレストランにて。

ディナー1

ディナー2

ルクソールと朝焼けを見渡せる気球

早朝から気球に乗りました。手配はガイドさんにお願いしていました。ルクソール周りの遺跡なども見渡すことができます。意外に楽しかったので良い会社を探してやってみるのはオススメです。

気球1

気球2

気球3 ハトシェプスト葬祭殿が見えます

気球4

気球5

メムノンの巨像

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気球の現場からすぐ近くにあるメムノンの巨像からこの日の観光は始まりました。遅れて飛んだ気球も映り込んでいますね。巨像に開いている穴に風が入って共鳴して、巨像が鳴くというような怪談も以前はあったとか。ルクソール神殿を建てたアメンホテプ三世の像とされています。

メムノンの巨像

ハトシェプスト葬祭殿

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ここまでの記事中よりも度々出てきたハトシェプストの葬祭殿です。彼女は歴史上唯一の女性ファラオでした。とても綺麗に残っています。また、総裁伝はいくつかのファラオのものが残っていますが、彼女の葬祭殿はとても規模が大きいです。

入口から葬祭殿本体まで、少額の追加料金を払い、ゴルフ場のカートのようなものに乗っていきます。歩けないことはないですが、ほとんどの皆さんが乗ってました。

総祭典なので死後の神であるアヌビスがよく登場します。他の普通の神殿にはあまり出てこないので、珍しい気持ちで見ていました。日本では様々なゲームや物語などのモチーフに出てくる人気のある神様ですが、実際の信仰の跡を見るとまた別の面白さがあります。

ここはルクソール市街からも近いためか、一緒に写真を撮ってチップをもらおうとするおじさんがやたらと多かった気がします。

ハトシェプスト葬祭殿1

ハトシェプスト葬祭殿2

ハトシェプスト葬祭殿3

ハトシェプスト葬祭殿4

ハトシェプスト葬祭殿5

王家の谷

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エジプトの歴史を知らない人でも名前を聞いたことがあるということがとても多いと思われる大きな谷です。エジプト新王国時代の歴代のファラオたちの墓が集まっているところです。数十を超える墓がすでに見つかっています。谷を掘って作られており、深いものも浅いものもあります。ルクソールから見て日の沈む方向にあり、太陽と共に旅をして生まれ変わるという古代エジプト宗教の伝説に沿っています。

エジプトで最も有名なファラオ、ラムセス2世もここに墓があるのですが、保存状態が良くなく、入ることができなかったのが残念です。この谷は何度も洪水や盗掘にあっているとされており保存状態の良くないものも多いです。時期によって入ることのできる墓は違うこともあるそうですが、入りやすいところはだいたい決まっているようです。セットになって入れるところと追加料金が必要なところがあります。追加料金が必要なところはとても大きく綺麗に残っているので、私としてはケチらず追加料金を払って入った方がいいと思います。特にラムセス2世の父、セティ1世の墓は圧巻です。ツタンカーメンのミイラも彼の墓にあります。

入った墓 * ラムセス4世 * ラムセス1世 * セティ1世 * ラムセス5世&6世 * ラムセス2世の子 * ラムセス9世 * ツタンカーメン * メルエンプタハ

実はエジプト各地には遺跡の整備などで日本の支援が入っていることが結構あります。ここ王家の谷もそうです。王家の谷入口であるビジターセンターも日本の支援によって建てられたそうです。

www.jica.go.jp

ここも有名観光地で観光客が多く、かつ市街から近いゆえ、トイレチップなどをはじめ、チップ攻撃が多かった覚えがあります。

王家の谷1

王家の谷2

王家の谷3

王家の谷4

王家の谷5

王家の谷6

王家の谷7

王家の谷8

王家の谷9

王家の谷10

王家の谷11

王家の谷12

王家の谷13

王家の谷14

王家の谷15 ツタンカーメンのミイラ

王家の谷16 ツタンカーメンのミイラ

王家の谷17 是非入りたかったラムセス2世の墓

この後あるあるのガイドさんを頼むと自動でついてくる綺麗なおみやげ屋さんを顔を立ててあげる分だけ見て、王妃の谷に向かいました。

王妃の谷

王家の谷のそばにある王妃の谷です。ここの見どころは、ものすごくきれいに残っているというネフェルタリの墓でしたが、私が行った時は修復中で入ることができませんでした。なおネフェルタリの墓の入場料はエジプトの遺跡の中でも群を抜いており入るだけで1万円近くかかるはずでした。私としては払ってでも入りたかったのですが、かなわなかったことがこのエジプト旅行中一番の心残りかもしれません。ちなみにこの入れる入れないの情報は現地の旅行会社の人に聞いても半然としないことが多く、最終的にどっちに転ぶかは現地に行くまでわかりませんでした。エジプトらしいところですね。

王妃の谷1 入れなかったネフェルタリの墓の入口だけでも

王妃の谷2

王妃の谷3

王妃の谷4

ディール・エル=メディナ

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王家の谷近くにある、職人たちの街及び墓です。役人であったセンネジェムと家族の墓もあります。当然小規模なものですが、綺麗に残っているものが見られます。

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ディール・エル=メディナ1

ディール・エル=メディナ2

ディール・エル=メディナ3

ディール・エル=メディナ4 アヌビスがたくさんいるように見えますが、ポーズや服、複数並んでいることからこれは神官が被りものをして踊りを奉納しているそうです

メディネト・ハブ

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ラムセス3世の葬祭殿及び他の小神殿複合体です。ラムセス3世の葬祭殿部分が最も目立つかと思いますが、始まりは他の小神殿の方です。ヒエログリフの彫り方がとても深いのが特徴的に感じました。

メディネト・ハブ1

メディネト・ハブ2

メディネト・ハブ3

メディネト・ハブ4

メディネト・ハブ5

メディネト・ハブ6

ラメセウム

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ラムセス2世はエジプトで最も有名で最も強かったと言われるファラオですが、彼の葬祭殿であるラメセウムはかなり荒廃しています。メディネト・ハブを構成していたラメセス3世の葬祭殿は、このラメセウムをモデルにしたとされています。エジプト全土にさまざまなものをラメセス2世ですが、彼の墓といい、総祭殿といい、当時の面影を綺麗に拝めないのは残念なことです。

ラメセウム1

ラメセウム2

ラメセウム3

ラメセウム4

ラメセウム5

ランチ

この日のランチはガイドさんにドローカルな感じのコシャリ屋さんに連れて行ってもらいました。この辛そうなトマトソースをかけて食べます。ホテルでは上品なコシャリも食べましたが、このような街のローカルのやつの方が美味しく感じました。

ランチ1

ランチ2

ディナー

遅めのランチを食べ、そのままホテルでゆっくりした後、ホテルでディナーも食べました。エジプトの滞在も長くなってきたので、エジプトっぽい食事に疲れている様子が伺えます。

ディナー1

ディナー2

下エジプトのカイロなどではほとんど見られなかった神聖文字やレリーフなどが上エジプトに来ることでたくさん見られたので、このあたりでなんかもう神聖文字もどこにでもあるのでは、みたいな感じになってきていました。当然どこにでもはないのですが上エジプトの遺跡の保存状態の良さを示すことを示す一環だったでしょう。

デンデラ

デンデラ神殿複合体

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ルクソールから車で北上してデンデラに向かいました。他の有名な遺跡に比べるとあまり来るひとが多くはありませんが、見どころのとても多い神殿です。エジプト古王国時代から存在した礼拝施設だったと考えられています。古王国時代から新王国時代まで様々な増築がされたそうです。有名なものはクレオパトラとカエサルの息子カエサリオンのレリーフでしょうか。カエサリオンが成長する前にクレオパトラは死亡しているので、クレオパトラが将来を祈って捧げたものということでしょう。アレクサンドリアのあたりで書きましたが、クレオパトラはその有名さに比べ、あまり彼女に関する遺跡などが残っていません。彼女がいたアレクサンドリアから遠く離れたこの地でも幼い頃から何かと創作などで触れる機会があったクレオパトラの痕跡を見られたのは嬉しいことでした。FGOでもカエサルとクレオパトラとのくだりでは、よく彼らの息子たちの話が出ますが、こういう現実とリンクする部分を見るとまた面白いものがあります。

ここには天井に黄道十二宮をあらわすレリーフも彫られています。現在の我々の常識とは違うものですが、こういうものにもロマンを感じます。

他の見どころとしては、FGOファンとしては見逃せないデンデラ大電球の元ネタがここにあります。最もファンの多いショーであろうキャメロットで、ラムセス2世(オジマンディアス)の居城を空中に飛ばしていたのも、あのクソデカいビーム砲を撃ったのも、このデンデラ大電球の発したエネルギーということになっています。このデンデラ大電球の元ネタのレリーフは地下にあるというのも面白いところですね。

レリーフや彩色の残っているところも多く、エジプトに来たらFGOファンならずとも見てほしいところです。

デンデラ神殿複合体1

デンデラ神殿複合体2

デンデラ神殿複合体3 黄道十二宮の一部

デンデラ神殿複合体4

デンデラ神殿複合体5 デンデラにはハトホル神殿も含まれています

デンデラ神殿複合体6 デンデラ大電球のレリーフがある通路

デンデラ神殿複合体7 デンデラ大電球

デンデラ神殿複合体8 デンデラ大電球、実際でかい

デンデラ神殿複合体9

デンデラ神殿複合体10 クレオパトラとカエサリオン

アビドス

デンデラからさらに北上してアビドスへ向かいます。アビドスは古代エジプトの時代から聖地として扱われていた場所です。アビドスまで来るとかなりの田舎で観光客の数もかなり減ります。エジプトには学校へ行っていない子どもたちが数多くいますが、残念ながらほとんどの観光地で出会う子どもたちは、お金をせびってきたり商売をしている子どもたちであることがほとんどでした。私はエジプトの滞在中にアビドスで唯一、ただ単に外国人が面白くてついてくる子どもたちと出会いました。

ブルアカをしている人にとっては、アビドスというのは聞き覚えのある言葉でしょう。ホシノやシロコの通う高校はアビドス高校とされており、彼女たちはエジプトの神々がモチーフであることから、アビドスもこの地名から取ったものは間違いないと思われます。ブルアカをしている人にとっては多くの観光客よりも思い入れのある二重の意味での聖地探訪となりますね。

セティ1世葬祭殿

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ラムセス2世の父セティ1世の葬祭殿です。この葬祭殿はアビドス神殿とも呼ばれます。ほとんどの観光客がアビドスへ来る目的はこの葬祭殿と言っていいでしょう。完成は息子ラムセス2世が行いました。最も有名な見どころは歴代ファラオの名前を書いた王名表でしょう。

セティ1世葬祭殿1

セティ1世葬祭殿2 ヘリコプターに見えるという神聖文字。実は上書きされた神聖文字が重なってそのように見えるそうです

セティ1世葬祭殿3

セティ1世葬祭殿4

セティ1世葬祭殿5 王名表

セティ1世葬祭殿6

セティ1世葬祭殿7 アビドスのアヌビスの前で撮るシロコの写真

セティ1世葬祭殿8 アビドスでホルスとアヌビスが並んでいるところを一生懸命探して撮った写真

アヌビスとホルスは神様として同時に並んでいることが描かれているのはほとんどないと思います。アビドスの壁を見ながら、この二神が並んでいるところをめちゃくちゃ探しました。この写真を撮ったときにブルアカのアビドス聖地探訪をやりきった気持ちになりました…

セティ1世葬祭殿9

ランチ

これまでいくつかエジプトのローカルな食事をしてきましたが、アビドスにはレストラン自体もそうありません。ガイドさんに見つけてもらったレストランですが、かなりのローカルぶりを味わうことができました。

ランチ1

ランチ2

ラムセス2世の葬祭殿の前で出会った子供達

ラムセス2世葬祭殿

abydos.org

セティ1世葬祭殿のすぐそばにあります。

ラムセス2世の葬祭殿としては、ルクソールで出てきたラメセウムが有名ですが、実はアビドスにもラムセス2世への葬祭殿が別に存在します。ガイドさんでさえもその存在を認知しておらず、地元の人に聞き込みをして行きました。エジプトでのGoogleマップレビュー欄あるあるですが、よく地点を混同している人がいます。このラムセス2世の葬祭殿とセティ1世の葬祭殿を混同していることがほとんどのようでした。

しかも通常、このラムセス二世の葬祭殿は規模も小さくあまり保存状態も良くないことからか公開されていません。ガイドさんに管理人との交渉をお願いした末、入れてもらうことができました。そのため、もしかすると私が撮ってきた写真は観光客が撮れたものとしては結構貴重なものかもしれません。

ラムセス2世葬祭殿1

ラムセス2世葬祭殿2

ラムセス2世葬祭殿3

ラムセス2世葬祭殿4

ラムセス2世葬祭殿5

ラムセス2世葬祭殿6

ラムセス2世葬祭殿7

ラムセス2世葬祭殿8

ちなみにここに入れた時は、珍しい場所に入れた興奮もあって、たくさん写真を撮っていたのですが、それを見たガイドさんが僕をエジプト研究者だと思ったらしいです。ただのプログラマーです。

おまけ

アビドスからの帰り、高速道路のような道路上でもエジプトではよくある光景

ディナー

ディナー1 この日ホテルではなにかのイベントをしていました

ディナー2

この日のディナーはルクソールでもう長い間生活されている日本人の方とお会いしてお話を聞きました。やはり長い間住んでいても、エジプト人との間には文化の違いを感じるそうですが、それでもここをホームだと体が感じるそうです。そのような土地に巡り合うのも素晴らしいと思います。

デイル・エル・シェルウィット

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この日はカイロ空港へ帰る日ですがルクソール空港からの出発前に軽く観光をしました。このデル・エル・シャルウェイト修道院は、来ている人が私たちだけでした。

デイル・エル・シェルウィット1

デイル・エル・シェルウィット2

ミイラ博物館

egymonuments.gov.eg

この長いエジプト観光の最後の訪問場所でした。貴重な展示ではありましたが、これだけ観光するともうミイラもたくさん見たので、初めて見たときのような感動はさすがにありませんでした。

ミイラ博物館1

ミイラ博物館2

ミイラ博物館3

ルクソール空港からカイロ空港へ

この後、街のカフェで多少の休憩をした後、ルクソール空港からカイロ空港へ帰りました。ルクソール空港でもエジプトにありがちな高圧的な職員たちがいましたが、なんとか無事に帰ることができました。空港の建物に入るときにも厳しくチェックされ、入った後も入口近くの椅子に座っていると、邪魔だから早く動けのように言われます。英語のできる別の丁寧な職員の方がフォローをしてくれましたが…

カフェ サハラブという甘くて温かい飲み物

おわりに

これにて合わせて10万文字以上になったエジプト旅行記を終わります。かなりマニアックな内容になったため、ほとんど見られることはないと思いますが、これだけ有名な観光地であっても、エジプトというのはなかなか難しい土地なので、実際に行く方の助けになればと思っています。小さな頃から何度もテレビで見た、創作の中で触れたエジプトという土地とエジプトの遺跡、偉人たち、数々の実際のそれらに出会うことができたことは、とても楽しい体験で間違いなく一生の思い出になりました。